建物の耐震性をどのグレードまで確保するべきか、建築技術者でもはっきり回答できない課題です。
それは、耐震性グレードを高くすればするほど、デザインへの制約が強くなることと、予算への跳ね返りが強くなると思われているところが大きいと考えられます。
実は一概に、「プランやデザインへ制約がかかる」、あるいは「増額予算となる」とは言えません。
ここが建築技術者に曖昧な回答をさせてしまう理由でもあります。
耐震等級の考え方と、その必要性
日本の建築基準法では、建物の安全性に対して最低限の基準が法として整備されています。
建築基準法
建築基準法に加えて、それ以上の強度を確保する耐震等級の考え方があります。
住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)
耐震等級によって、地震に対する建物強度が高くなりますが、どの程度までグレードを上げるか非常に判断が難しところです。
それは法では耐震等級1を確保するよう定められていて、それ以上についての定めはないため、どこまで耐震性を向上させるかは、デザインと予算見合いで決めていくことになるからです。
耐震等級とは
耐震等級は、地震に対する建物の強度を示す指標のひとつです。
住宅の性能表示制度を定める「品確法」に沿って制定されたもので、建物の耐震性能によってランクが3段階に分かれています。
その数字が大きければ大きいほど、建物の耐震性能が高く、倒壊・崩壊等のしにくさを表示したものです。
耐震等級別による強度の差
耐震等級は、1~3までグレードがあり、数字が大きければ大きいほど地震に強いことを示します。
住宅の建築では、品確法に基づいて耐震等級の考え方が目安の一つとなっていますが、公共建築物は品確法の対象ではありませんので、耐震等級の考え方が適用されません。
その耐震等級の代わりとなる基準が公共建築物では定められています。それが、耐震安全性の分類となります。
この耐震安全性の分類については、施設の用途によって有事の際の避難施設となることも想定して策定されています。
この公共建築物に適用される耐震安全性の分類については、施設の用途で定められており、住宅のように施主が勝手に決めるようなものではなく、施設の用途が何であるかで決められているため、住宅の耐震等級を決める際にも参考になると思います。
耐震等級1
耐震等級1は、建築基準法で定められた、建物に備わっているべき最低限の耐震性能を満たしていることを示すものです。
震度6強~7程度の数百年に1度起こる地震に対して倒壊や崩壊の危険がなく、震度5程度の、数十年に一度の頻度で発生する地震に際しては、建物の損傷防止に効果があるとされています。
すなわち、震度6強~7程度の大地震がくれば命は助かるが、建物は損傷する可能性が高いことを示しています。
公共建築物の耐震安全性の分類ではⅠ類が該当します。避難などが想定されない一般庁舎レベル相当となります。
耐震等級2
耐震等級2は、上で示した耐震等級1の1.25倍の耐震強度があることを示しています。
耐震等級2以上あれば、住宅ローンの税制優遇をうけることができる「長期優良住宅」として認定されることが可能となります。
公共建築物の耐震安全性の分類ではⅡ類が該当します。有事の際の避難場所として想定される学校や病院相当となります。
耐震等級3
耐震等級3は、耐震等級1の1.5倍の耐震強度があることを示しています。
これ以上の設定はないので、2倍の耐震強度で設計しようが耐震等級は3となります。
公共建築物の耐震安全性の分類ではⅢ類が該当します。有事の際の救護活動・災害復興の拠点となる消防署・警察署・国家の重要施設などが相当します。
この耐震等級の考え方は、どれだけの強度があるかのグレードになります。
すなわち、揺れの大きさにもつながってきます。同じ震度6であっても、耐震等級が高いほど揺れにくいことになりますので、建物の倒壊だけでなく、室内の家具の倒壊の防止にも寄与することになります。
耐震等級別の被害状況
実際の耐震等級別の大地震に対しての被害状況を見ると耐震等級があがると被害が少ないことが分かります。
熊本地震による木造建物の耐震等級別の損傷状況を整理された報告書があります。
この結果報告書では、耐震等級3の木造住宅は震度7程度の大地震では倒壊・全壊しないことが実証されています。
ただし、耐震等級2の建物であっても倒壊・全壊していない建物も存在していることも報告書の中では紹介されています。
また、耐震等級3であっても完全に無被害とはならず、小破される可能性があることもわかっています。
耐震等級の必要性
結局、どこまでの耐震性能が必要か。
それは賛否両論で、はっきり答えているところはありません。また、明確な答えはありません。
最高グレードの耐震等級3を採用したとしても絶対的な安全ではないからです。
ただし、熊本地震の実証された結果より、耐震性能2以上は確保することが望ましいことは言えるでしょう。
耐震等級3や公共建築物の最高グレードである耐震安全性の分類Ⅲ類が絶対に安全で必要なものであれば、建築基準法で定めればよいですが、そうはなっていません。
一方、住宅メーカーや一部の工務店では、耐震等級3を標準仕様として、それを売りにしているところがあります。
耐震等級3を目的に住宅を建てられる施主であれば、それでも良いですが、耐震等級3縛りでプランニング、デザイン、予算を決めることになりますので、本来もっと自由に決めることが出来るデザインに制限をかけている可能性があります。
建物の計画では、耐震性の要素は大きいですが、それがすべてではありません。
建築基準法第1条でも「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資するこ とを目的とする」とあります。
すなわち建築は、生命を守るための耐震安全性の確保と、健康や財産の保護をための豊かな住環境を実現することを目的とされています。
何を重視するかは、建築を建てる建て主によって考え方は変わってくるため、最低限の基準に則り計画することが大事です。
耐震等級がプランやデザインに及ぼす影響
それでは、どれだけ耐震等級がプランやデザイン、予算に影響を及ぼすことになるのか、、、
それはプランニングによるところがあり、プランニングによっては予算に影響しない場合もあります。
バランスの良いプランニングの場合は耐震等級は予算に影響しない
バランスよく計画されたプランニングの場合、耐震等級2以上での設定では、プランや予算への影響は殆どありません。
また、バランスがよければ耐震等級2以上で設計を行い、最終計算により確認すると、たまたま耐震等級3グレードの強度が確保されていることもあります。
バランスがよく計画されたプランニングとは、地震の力を効率よく建物全体で耐える、逃がす構造となっているか否かです。
簡単に言うと、上下位階の耐震壁位置が出来る限り同じ配置になっているか、偏った耐震壁位置になっていないかです。
住宅の場合、リビングのある大きく開口を開けたい所と、お風呂やトイレ等の開口が小さくなる部屋に分かれます。
リビングのある面だけを大きくあけると、その部分だけが耐震壁が少ないプランとなりバランスが悪くなることがあります。
大きく開けたい所があれば、その反対側にも弱くなる要素(例えば吹抜けや坪庭など)を設け、全体的にバランスさせてあげることで、耐震上バランスのよいプランになる場合があります。
また、坪庭を設けることで、壁面の長さを確保でき、耐震要素が向上することもあります。
プラン重視、デザイン重視の場合は、耐震等級は後でチェックするでOK!
耐震等級3を絶対条件とはせず、耐震等級2以上を目標にすることで、プランやデザイン重視のプランニングがしやすくなります。
耐震等級も重要ですが、使い勝手がよく、美しく、四季折々に触れ豊かに暮らせる住処も重要です。
使い勝手を左右するプランニング、豊かな暮らしを左右するデザインをまず考え、それから耐震等級を後でチェックし、不足する場合は、プランニングどこを譲渡できるかを調整することで、デザインと耐震性の両立が実現できると考えます。
耐震等級3前提でのプランニングもアリ!
もちろん、耐震等級3にこだわる考え方もありだと考えます。
耐震等級3を前提に、プランニング、デザインすることも可能です。
平屋建ての場合は、耐震等級3を前提に計画しても、プランニングや予算への影響は殆どない場合が多いですが、2階建てや3階建てになると、プランニングや予算へ影響する場合があります。
この場合も、耐震等級3による増額は、全体予算からするとそれ程大きくはありません。
それよりも、プランニングやデザインに及ぼす影響が大きいことが多くあります。
耐震等級が予算に及ぼす影響
耐震等級は1~3までグレードが選べ、熊本地震により耐震等級2以上の建物は殆どが倒壊しないことが実証されています。
耐震等級2以上を目途とし、バランスよく計画されたプランニングは、デザインや予算へ及ぼす影響は殆どみられません。
設計事務所によっては、建築基準法=耐震等級1を満足すればよいとの考えもまだまだ見受けられます。
耐震等級の考え方、実証値を十分理解の上、プランニング、デザインを行うことが重要です。
それらを踏まえた上で、住処に重視する点と耐震等級が合致しない場合は、あえて一般庁舎レベルの耐震等級1の選択があってもよいと考えます。
ただし、住宅の規模であれば、耐震等級1から2へのアップグレードはプランニングや予算への影響は殆どありませんので、まずは耐震等級2以上で計画することが望ましいと考えられます。
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