建築家や大規模建築を設計するプロ集団から一般の素人まで、皆が使うコトバ「なんとなくいい感じ」。
このなんとなくいい感じの空間は、日本人に馴染みのある木材を沢山使うことや、コンクリート打放しの空間をつくることでもなく、いかに「空間を落ち着かせること」ではないでしょうか。
「なんとなくいい感じの空間」≒「空間を落ち着かせる」具体的方法は、「低い位置にあかりを配置することで重心を低くする」「空間のプロポーションを横長に構える」「天井周辺に余計なデザインを入れない」の3つにあると考えます。
低い位置にあかりを配置するすることで重心を低くする
これは照明のあかり、太陽の光のどちらにも当てはまることで、高い位置に光があると重心が高く感じます。
照明のあかりや太陽光が高い位置の場合、開放感や高揚感に繋がりますが落ち着きたい時の場面にはやや向いていないと感じます。
照明のあかりは低い方が落ち着く
例えば、最も住宅で採用されているタイプの天井に直付けシーリングライト。
直付けシーリングライトは、部屋全体を均一に明るくしてくれることから、最も経済的で、最も効率がよく、最も多く採用されている照明パターンかと思います。
この効率的な天井直付けのシーリングライトが、部屋全体を均一に明るくできるような器具になったのは蛍光灯が普及し始めた1970年代が初めで、実はそれほど古くからあるものではありません。
いつのまにか、シーリングライトで部屋全体を明るくすることが当たり前のような風潮になっていますが、人類は約50万年前から19世紀頃までの間、火を使って手の届く範囲だけあかりを付けていました。
また、暖を取る時は焚火や暖炉により暖をとり、それを主のあかりとして利用してきた背景があります。
大自然の中で焚火を囲む。薄暗い旅館のロビーで暖炉を囲む。なんか自然と落ち着きますよね。これはヒトの先天的な所からきているものだと思います。手元よりも低い位置にあかりがあることで、ヒトはゆったりと座る姿勢に入り、自然と心を落ち着かせます。
この自然と心を落ち着かせる「手元より低い位置にあかりがあること」は、現在のLED照明では操作は簡単にすることが可能で、低い床置き照明を配置せずとも、天井から低い位置だけを明るくする照明を計画することで、低い位置にあかりを集め、重心を低くすることが可能です。
太陽の光も低く入ってくる操作をすることで重心が低く抑えられる
日本の古くからある建築は、外装や建具が木や紙などの自然素材で出来ていたこともあり、太陽の光や、雨から建物を守るために軒を深く構える造りが主流でした。
軒が深いため、太陽の光は床面を滑り込むように入ってきます。室内は自然と重心が低くなるような造りとなりました。
古い寺院や、京都の古民家に行くと今もこの雰囲気を感じることができますが、やはり心が自然と落ち着きます。
この太陽の光を床を滑るように入ってくる操作も、現在の軒のないデザインでも計画することは可能で、建物方角や、窓の高さ、庇の出寸法により、深い軒を造らずとも低い重心の光の取り方は可能と考えます。
また、太陽の光を床面に沿わせることで、室内の明るさにコントラストが発生します。
部屋全体を煌々と明るくするのではなく、床面からグラデーション的に明るくなることで、先の焚火のようなヒトが先天的に覚えている落ち着きを感じられるような気がします。
空間のプロポーションを横長に構える
昨今の住宅は天井を高くし開放感を高めようとする動きがあります。
また、気密性断熱性の高い住宅で全館空調をすることで吹抜けの温熱環境にも影響のない住宅をつくろうとする動きもあります。
たしかに、天井が高く、吹き抜けがあれば開放感があり広く感じることは間違いではありませんが、それが落ち着ける空間か否かはイコールではありません。
天井を低く抑えプロポーションを美しく整える
例えばリビング空間であれば、一般的な2尺(約3,630mm)の幅に対して、建築家の巨匠の吉村順三は内寸5尺7寸(2,250mm)が程良いと言われています。
縦横比で計算すると、縦:横=1:1.613となります。
この比は限りなく黄金比に近い比率となります。
一方、最近の住宅は天井高さを2.6〜3.0m程度まで高く計画し、さらに吹抜けまで計画すると、最も高い所では、6m程度の天井高さになります。
リビングの幅寸法は上記と同様として、最も高い所の吹抜け部で縦横比を計算すると、縦:横=1:0.6となり、縦の比率が大きくなり縦長で重心が高く感じてしまいます。
住宅の場合、幅の寸法は敷地面積により決まってきますので限界があります。
出来る限り天井高さを抑え、横長の1:1.6程度のプロポーションに近づけることで重心を低く抑え落ち着いた空間になります。
天井が高くとも、プロポーションを低く感じる工夫を施す
天井高さを抑え重心を低くすることが、経済的で容易に重心を低く抑える方法ですが、天井が高くとも、重心を低く抑え落ち着いた空間をつくることは可能です。
天井のトーンを抑え壁面のある一定レベルまでが空間であると認識させる建築的な工夫によって、ヒトの錯覚を利用し、重心を低く抑えることが可能となります。
たとえば、ペンダント照明によりあかりを低く抑え、照明より上部はカバーにより光が届かないようにすることで、天井のトーンを低く抑えることができます。
また、壁面のある一定のレベルで家具や壁仕上げなどの水平線を設けることで、その水平線が空間の最上部と錯覚し、重心を低く感じるのです。
「天井周辺に余計なデザインを入れない」
天井周辺には、廻り縁、照明器具、換気扇、自火報、時計、背の高い書棚など様々なモノが取りつけられています。
これら天井周辺に取り付く様々なモノは、自然と重心を高く上げてしまい落ち着かない空間となります。
天井周辺は出来る限りシンプルにし、その空間に座るヒトの視線から高いレベルの余計なモノは排除する工夫をすることで、ヒトの視線のレベルがぐっと低く抑えられ、空間の重心も自然と低く抑えられることに繋がります。
また、天井面は壁面で視線が止まるのではなく、壁の向こうまで天井が伸びてるような錯覚を覚えるようなディテールにするなど、小さな建築的な工夫により、横長のプロポーションに感じ、重心を低く落ち着いた空間に感じさせることに繋がります。
なんとなくいい感じの空間を具体的につくる方法
「なんとなくいい感じの空間」は、重心を低く抑え空間を落ち着かせることで、具体的方法は、「低い位置にあかりを配置することで重心を低くする」「空間のプロポーションを横長に構える」「天井周辺に余計なデザインを入れない」にあると考えます。
日本を代表する建築家 吉村順三のコトバに「明かりの重心は低い位置の方がよい。床が明るくなって、部屋がずっと落ち着いてくる。」「天井高は内寸5尺7寸(2250mm)という寸法が決定的ともいえるほど、高さの寸法であると思っている」とあります。
落ち着いた空間をつくる時には、重心を低くする方が望ましいことを説いた言葉です。
ヒトの心に響かせる「落ち着く」感じは、重心を低くすることで安心感や安堵感に繋がるのではないかと考えます。
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